1 相続発生時の選択肢

相続人になった場合には、必ずしも相続をしなければならないわけではありません。法定相続人には次のような選択肢があります。

  • 単純承認(下記2)
  • 限定承認(下記3)
  • 相続放棄(下記4)

さらに、単純承認した場合にも、相続分の放棄(下記5(1))相続分の譲渡(下記5(2))という選択肢もあります。

2 単純承認

単純承認とは、相続人が被相続人の一切の権利義務(一身専属的な権利は除きます)を包括的に承継する制度です。

プラスの資産だけでなく負債といったマイナスの資産も承継します。

遺産に負債が少なく、プラスの資産が多い場合には単純承認を選択される方が多いです。

他方、負債が多い時には、後述の限定承認か相続放棄を選択することになります。

限定承認か相続放棄をする場合には、被相続人の死亡を知ってから原則3カ月という期間制限(熟慮期間)があるので、この点に注意する必要があります。

この期間制限の間に何もしないと単純承認がなされたものとみなされます。また、熟慮期間内であっても、被相続人の遺産を処分してしまうと、単純承認がなされたものとみなされます。

これら単純承認がなされたものとみなされてしまう制度を法定単純承認といいます。

3 限定承認

限定承認とは、相続した財産の範囲内で被相続人の債務を弁済し、余りがあれば相続できるという制度です。

「先買権(さきがいけん)」という権利行使により、不動産等の特定の財産を残して、その財産を含め適正な価格で債務を弁済し、残債務は弁済しないということもできます。

そのため、負債がどれくらいあるかわからないが、どうしても残したい財産(不動産や株式等)がある場合等に利用されています。

一見、都合の良い制度ですが、熟慮期間(3か月以内の申立て)の制限があり、かつ、相続人全員で家庭裁判所へ申立てをしなければなりません。ただ、相続人の一人について熟慮期間を経過していても他の相続人が熟慮期間内であれば共同相続人全員で限定承認をすることはできます(遺産を処分した相続人がいる場合には限定承認をすることができないとした審判例があります。)。相続人の一人が相続放棄している場合には他の共同相続人全員で限定承認をすることになります。

また、申立てをした後に以下のような手続きを踏むことになるため完了するまでに半年から1年程度はかかります。

  • 債権申出の公告・催告
  • 相続財産の管理・換価
  • 鑑定人選任の申立て
  • 相続債権者・受遺者への弁済
  • 残余財産の処理等

これらの手続きは、家庭裁判所が行うのではなく、相続財産管理人が行います。相続財産管理人は相続人の中から選任しなければなりません。弁護士が相続財産管理人の代理人となり、これらの手続きを行うことは可能です。

そのほか、限定承認にはみなし譲渡課税(税制上、被相続人から相続人へ時価で財産を売却したとみなされる)がありますので、準確定申告を要したり、単純承認したほうが得であったというケースもあります。そのため税制面の検討も必要になります。

4 相続放棄

相続放棄とは、相続人が相続開始による包括承継の効果を全面的に拒否する制度です。

負債が多いときに選択されることが多いですが、様々な事情により負債があってもなくても相続にかかわりたくないという理由で選択される方もいます。

相続放棄は家庭裁判所への申立てを要し、注意点は、熟慮期間と法定単純承認です。これらは限定承認と同様です。

相続放棄は申立てから1か月程度で完了します。

5 その他の制度

これまで述べた単純承認・限定承認・相続放棄の3つが相続人の大まかな選択肢となりますが、他の選択肢として、「相続分の放棄」や「相続分の譲渡」というものがあります。

いずれも熟慮期間経過後にもできるため、単純承認を選択した(あるいは法定単純承認をしてしまった)後に検討されることが多いです。

(1)相続分の放棄

相続分の放棄とは、相続人がその相続分を放棄することをいいます。

方式は問わないので家庭裁判所への申立て等は不要です。

ただ、債務の負担義務を免れることはできません。また、後述の相続分の譲渡と異なり、仮に債務を現実に弁済したとしても他の相続人に求償することもできません。

単に遺産分割手続きから外れることができるというメリットしかありません。

(2)相続分の譲渡

相続分の譲渡とは、遺産全体に対する自身の包括的持分または地位を譲渡することをいいます。

相続分の放棄(上記(1))と異なり、プラスの資産のみならず負債も譲受人に移転します。

相続分譲渡をしたとしても、債権者には対抗できませんが、債権者から請求を受け弁済したときは、譲受人に求償請求することができます。

相続分譲渡は熟慮期間(3か月)経過後でも可能です。

また、相続放棄と異なり家庭裁判所への申立てが不要という簡便さから、熟慮期間前であっても選択されることはあります。