遺言者は、自分の財産をどのように処分するかの自由を有していますので、どのような遺言を書くことも遺言者の自由といえます。

しかし、遺言を残しても、遺言どおりにはならない場合があります。それが、遺言無効と遺留分です。本記事では、遺言無効の概要についてお話しします。

 

1 遺言無効と遺留分の関係

遺言が無効であれば、そもそも遺留分の話にはなりません。遺言が無効であれば(他に有効な遺言がない限り)、遺言は残されていないことになりますから、法定相続人が法定相続分割合を基礎にして遺産分割をすることになります。

他方、遺言が有効であった場合には、遺留分の問題となります。

したがって、遺言の内容に納得ができない場合には、まずは遺言の有効性(無効といえるかどうか)について検討し、仮に有効となりそうな場合には、遺留分を検討することになります。

ただし、遺留分の請求には期間制限がありますので、実務的には遺言の無効と遺留分は並行して検討し、対応していくことになります。

 

2 遺言無効

被相続人が遺言を残していても、次のような場合には、その遺言は無効となります。

  • ① 遺言作成当時、被相続人に遺言能力がなかった場合
  • ② 遺言が法律行為としての有効要件を欠いている場合
  • ③ 遺言が法定の形式的要件を欠いている場合

 

(1)遺言作成当時、被相続人に遺言能力がなかった場合

ア 遺言能力

遺言無効に関するご相談を受ける中で最も多いのがこの遺言能力を問題視するケースです。

遺言作成当時に、被相続人に遺言能力がなかったと認定されれば、当該遺言は無効となります。

遺言能力とは、「遺言当時、遺言内容を理解し、遺言の結果を弁識するに足りる能力」と言われます。

民法961条は「15歳に達した者は、遺言をすることができる」としています。

これを、通常の取引行為においては、未成年者(15歳)には行為能力がない(取消可能)とされていることと比較すると、遺言能力というのは通常の取引行為に必要な能力よりも低い能力で足りると理解できます。

例えば、被相続人の判断能力が低下していた場合に、その人が不動産の売買をしたら無効であるが、遺言を書くことは可能(有効)というケースがありうることになります。

イ 遺言能力の判断要素

また、遺言が有効かどうかは、判断能力の低下の程度(認知症の進行度など)のみによって決まるものではありません。

裁判実務において、遺言能力の有無を判断するにあたって考慮される事項は次のようなものであると言われています。

  • ① 遺言者の年齢
  • ② 病状等の心身の状況、健康状態、その推移
  • ③ 発病の時期と遺言の時期との近接性
  • ④ 遺言の前後の言動
  • ⑤ 従前の遺言に関する意向と遺言内容との関係
  • ⑥ 遺言者と受遺者との関係
  • ⑦ 遺言内容の複雑さ、合理性の有無

 

これらの考慮要素からわかるように、遺言が有効かどうかは、遺言者の判断能力の低下の程度のみならず、その遺言が複雑かどうかや、遺言作成前後にどのような言動をしていたか等について総合的に考慮して、遺言者がその(問題となっている)遺言の内容や効果を理解するに足りる能力を有していたかどうかにより決まることに留意する必要があります。

 

(2)遺言が法律行為としての有効要件を欠いている場合

遺言も法律行為であるため、一般的な法律行為の有効要件を満たす必要があります。

法律行為の有効要件とは、①確定可能性、②実現可能性、③適法性、④社会的妥当性、をいいます。

ア 確定可能性

内容を確定することのできない法律行為は、法律による助力ができないため、無効となるとされています。

ただし、解釈によって重要な部分が確定できれば、有効であるとされています。

例えば、「私の財産は身内でわけてください」と記載されていても、「身内」が誰を指すのか、特定できなければ無効となります。

他方、「私の鹿児島の不動産は、Aに遺贈します」と記載されていた場合、「鹿児島の不動産」というのは調べれば特定可能ですので、有効となります。

イ 実現可能性

実現可能性がない遺言も無効となります。

例えば、「この世界の半分をAに相続させる」と記載されていても、到底、実現不可能ですので、無効です。

大袈裟な例を出しましたが、要するに、死亡時点で他人物である物や滅失している財産について遺言に記載しても実現可能性の観点から当該遺言部分は無効になるといえます。

ウ 適法性

法は違法行為に加担しないため、適法性のない遺言は無効になります。

例えば、「私の所有する覚せい剤は、妻に相続させる」といった遺言は、覚せい剤の所持は違法ですので、無効です。

また、遺言により、死亡退職金の受取人を社内規定に反して指定したとしても無効になるとされています(最高裁昭和55年11月27日判決)。

エ 社会的妥当性

社会的妥当性を欠く法律行為も無効とされています。法的には、公序良俗違反(民法90条)として位置づけられます。

社会的妥当性を欠くかどうかで争われているのは、不貞相手に対する遺贈です。

裁判所の考え方としては、いくら不貞相手に対する遺贈であるとはいえ、遺言者には自分の財産をどう処分するかの自由があることから、基本的には有効とされています。

しかし、その遺贈が、(単なる不貞相手の生活の維持のためや感謝の気持ちによるものではなく、)その遺贈によって不倫関係を維持・継続することを目的してなされた場合には、無効とされる余地がでてきます。そのほか、当該遺贈の額や、遺言者と親族との関係性、その財産の性質、その財産の取得の経緯等も考慮されています。

 

(3)遺言が法定の形式的要件を欠いている場合

民法960条は、「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない。」と定めていますので、法定の形式に違反した遺言は無効となります。

以下、自筆証書遺言と公正証書遺言について、形式的要件をご説明します。

 

ア 自筆証書遺言

自筆証書遺言の形式的要件は民法968条に定められています。

民法968条(自筆証書遺言)

1 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。

3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

 

1項が特に重要です。

遺言者は、全文、日付、氏名を自署(自分で手書き)し、印鑑を押さなければなりません。

「氏名」については、名前だけを記載し苗字を記載していない遺言が有効か争われたことがありますが、その遺言の内容から遺言者を特定できるとした裁判例があります(大審院大正4年7月3日)。

このように多少の不備があっても、遺言の内容等から、遺言者の同一性を確認し、他の人と区別可能であれば有効となりえます。

「日付」については、年月日まで書くことが必要です。

年月だけが記載された遺言の有効性が争われた事案で、日の記載がないことを理由に遺言を無効とした裁判例は複数あります。また、日付を「吉日」とした遺言も無効となりました。

日付は、遺言能力の判断をするための基準日となりますので、極めて重要と解されています。

「全文」の「自署」については、要するに代筆はできないということです。

ただ、「全文」については、平成31年に施行された民法改正で、民法968条2項により例外が認められています。

これにより、遺産目録についてのみは、自署しなくてもよいことになりました。パソコンで作成しても、他人が手書きしても、登記簿謄本や通帳の写しを添付してもよくなりました。

ただし、これらすべての書面に署名捺印が必要になります。

「印鑑」については、実印でなく、認印でも有効です。また、押印がなければ絶対に無効というわけでもありません。印鑑がなくても有効とした裁判例や、サインのみでも有効とした裁判例も僅かながらあります。「押印」という形式的要件については、少し緩やかに解されているようです。

しかし、押印がないことのみをもって当該遺言を無効とした裁判例は当然存在しますし、条文上の要件である以上、基本的には押印がなければ無効と考えることが素直だと思います。

 

イ 公正証書遺言

公正証書遺言の形式的要件は民法969条に定められています。

民法969条(公正証書遺言)

1 公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。

(1) 証人二人以上の立会いがあること。

(2) 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。

(3) 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。

(4) 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。

(5) 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。

 

①証人2名の立ち合い、②(遺言者の)口授、③(公証人の)筆記、④(遺言者と証人への)読み聞かせ、または閲覧、⑤(遺言者と証人の)承認と署名押印、⑥(公証人の)署名押印が要件です。

 

「証人」は、推定相続人等の利害関係者はなることはできません(民法974条)が、これら以外の遺言執行者はなることができます。

「口授」(くじゅ)は、公正証書の形式的要件の中で最も問題になりやすいです。

これは実務上、遺言者が高齢である等の理由により口頭での説明が難しいことから、弁護士等他の人が遺言内容を書面でまとめ公証人に提出しておく(そのため公証人が直接遺言者に聞き取りをしないままに公正証書遺言の文章ができあがる)ケースが少なくないためです。

もちろん、遺言者が遺言の内容を全て口頭で公証人に伝えなくとも、「口授」の要件を欠くわけではありませんが、概要程度は口頭で説明できる必要があります。

限界事例としては、公証人が遺言内容を読み聞かせ、確認を取った際に、遺言者が口頭で「そのとおりです」という趣旨の発言を口頭で行うのみというケースです。このような事案でも「口授」を満たすとした裁判例が多い印象ですが、無効とした裁判例もあります。

他の事情と相俟って無効となることもあるので、「口授」の要件は重要と言えます。

「口授」以外の要件について問題になることはほとんどありません。

 

3 最後に

上記のように、遺言が無効になる原因というのは単純ではありません。それぞれの原因が実質的に関連しあって無効になるということもあります。

公正証書遺言であれば結果的には有効と判断されることは多いですが、無効とされた公正証書遺言も相当程度あります。

遺言の有効性に疑問がある場合には、専門家の意見を参考にして、十分に検討することをお勧めいたします。

 

なお、遺言が有効かどうかは、遺言作成段階でも検討すべき事項です。

遺言が有効かどうかは、その結果が当事者の取得分に大きな影響を与えますので、その遺言で不利益を受ける相続人に、その遺言の有効性を争われないかという点は検討しておいた方が良いと思います。

遺言を作成する段階でも、当該遺言が無効にならないよう専門家のアドバイスを受けながら作成することをお勧めいたします。