相続が発生すると、原則として、被相続人の財産・地位は全て相続人が承継します(民法896条)。これは、プラスの財産もマイナスの財産(負債)も同様です。しかし、相続財産に含まれるか微妙なものもあります。以下、順にご説明します。

 

なお、相続の対象となるか(相続人が承継するかしないか)の問題と、遺産分割の対象となるか(その分割方法に関する話し合いの対象になるか、話し合いを要せず当然に一定割合で承継されるか)の問題は、別の話であることに留意してください。

 

1 一身専属権

一身専属権、つまり、被相続人のみに行使または帰属させるべき権利については、他人による権利行使・帰属を認めることが不適切な権利義務として、相続の対象とはなりません。

 

例えば、代理権は、代理人の死亡によって消滅します(民法111条1項)ので、代理人である被相続人が死亡しても、相続人が代理権を引き継ぐことはありません。その他、使用貸借契約における借主の地位(民法599条)や、雇用契約上の地位(民法625条)も同様です。

一般的な借家権については相続の対象となりますが、公営住宅を使用をする権利については相続の対象とならないと判断した判例があります(最高裁平成2年10月18日判決)。

 

そのほか、扶養請求権、婚姻費用分担請求権、離婚請求権、認知請求権などの身分関係上の地位も、あくまでもその親族関係が認められる状態にあることを前提にして認められるべきものですので、その当事者の一方が死亡すれば、当然に消滅すると考えられています。

ただし、既に具体化した請求権(既に具体的内容が確定し、履行期が到来して金銭請求権になっているもの)については、相続の対象となります。

 

2 祭祀財産等

(1)「系譜」、「祭具」、「墳墓の所有権」等の祭祀財産は、祭祀主宰者に帰属します(民法897条)ので、相続の対象にはなりません。

 

  • 系譜…家系図など、先祖代々の血縁関係のつながりが書かれている記録文書です。
  • 祭具…位牌、仏像、仏壇など、祭祀や礼拝に使用する器具や道具です。
  • 墳墓…故人の遺体や遺骨が埋葬してある墓碑(墓石)のことです。墳墓の敷地である墓地もこれに含まれます。

 

(2)遺骨も、祭祀主宰者に帰属します(最高裁平成元年7月8日判決)ので、相続財産にはなりません。

 

(3)香典も、相続財産にはなりません。祭祀主宰者や遺族に対して贈与されたものと考えられています。

 

3 死亡退職金、生命保険金請求権

死亡退職金や生命保険金請求権といった、被相続人の死亡によって発生する権利も相続財産には含まれないと考えられています。これらは、受取人の固有の権利とされます。

ただし、これらの金額が、相続財産に比して多額である場合等には、遺産分割における特別受益の問題になる可能性はあります。

 

4 債務

被相続人の借金等の債務は、基本的には相続の対象となります。

(1)金銭債務

金銭債務は、相続の対象ではあっても、遺産分割の対象とはなりません。

金銭債務は、相続により当然に各相続人に法定相続分で承継されます。

もちろん、相続人全員の合意のもと、一部の相続人が金銭債務を負担する旨の合意を相続人間においてすることはできますが、債権者との関係ではその合意内容を対抗することはできません。これを対抗するには、別途債権者との合意が必要になります。

(2)保証債務

保証債務も原則として、相続の対象となりますので、保証人たる地位も相続の対象となります。問題となるのは身元保証や、信用保証です。

身元保証とは、雇用契約を締結するときに、被用者の行為によって使用者に与えた損害を身元保証人が保証することを言います(身元保証に関する法律1条)。

判例は、身元保証人たる地位が相続の対象となることを否定しています(大審院昭和18年9月10日判決)。

信用保証とは、特定の債務について保証するのではなく、根保証等の継続的取引から生じる債務を包括的に保証するものです。判例は、この信用保証人たる地位は相続の対象とはならないとしています(最高裁昭和37年11月9日)

なお、相続の対象とならないのはあくまでも保証人たる地位であって、すでに保証債務の金額が確定し履行期が到来しているものについては、金銭債務として相続の対象になるといえます。